検査分析士の一日

2009年に開催されたエッセイコンテストの受賞作品を掲載しました。

1.Nuture賞エッセイコンテスト大賞:岡本幸典氏

 「私と分析」

 私は兵庫県の山奥にある明延鉱山の選鉱所として栄えた神子畑という町で生まれ、高校卒業までその町で暮らした。鉱山という天然資源を頼りとしたその町は、やがて資源の枯渇とともに閉山を迎え、私の父も生まれ育ったその町を去ることになる。貴重な建造物の一部は今も保存されているが、当時東洋一と言われた選鉱場も現在その姿を残していない。中学生当時の記憶によると、私の住むその町は近隣の人々には別世界のように見えていたようである。確かに中学のあった町からは山あいの道をバスで10キロメートルほど走らねばならず、進むにつれて両脇に山が迫ってくるその景色は、誰にもその先に町があることを想像させなかった。さらに小学生時代まで記憶をさかのぼると、懐かしい日々がよみがえる。小学校へ通う沿道には選鉱場を支えるたくさんの工場や施設が立ち並び、変電所勤務であった父の所へは、通学路から脇道へそれ鉄工所と分析の建物の間を抜けて行った。鉄工所には同級生のお父さんが勤務しており、工場を覗くと決まって声を掛けてくれた。我が町はおよそどこもそんな感じであったが、分析と呼ばれる建物だけは私にとって近寄りがたい場所であった。「ぶんせき」という響きに、私は特別なものを感じていた。

「分析」にはそんな思い出があり、当時の分析のことを調べることで何かを書き残したいと思った。そこで父に当時の「分析」のことを尋ねてみたところ、思いがけず当時そこに勤務されていたN氏が近隣におられることがわかった。私は早速父を通じてN氏へ取材の申し入れを行い、快諾を得た。

N氏は御歳79歳、私の母と同じ昭和5年の生まれであった。取材は約1時間30分、分析員として活躍されたN氏のお顔は私の記憶にも残っていた。当時はサンプルマンと呼ばれる役割を経験した人の中から分析員に昇格するのが通例であったが、工業高校の化学を卒業されたN氏はいきなり分析員として採用された。新人の頃から研究熱心だったN氏は、分析の手法について時折先輩方と意見の衝突があったが、それでも正確さ・精度を追求するN氏はやがてその力量を認められ、皆から一目を置かれる存在となる。

大学でも十分な教育が行われず、国内では書籍も入手が困難な時代にあって、分析の手法は分析員の手探りに頼るところが多かった。あるとき課長が自分の分析手法を記録したノートを分析室に置きっ放しで帰った。そのノートを部下の一人が覗き見たが、その内容の凄さに驚き必死でメモを取った。ノートを忘れたことに気付いて戻ってきた課長は、部下のその行為を厳しく叱責した。分析手法は当時それほど個人のノウハウであり財産であった。そうした状況も、次第に全体としての品質管理のあり方に目が向けられるようになり、一流大学出身である課長は自らアメリカの原書を翻訳し課内の勉強会を始めた。やがてその資料は一冊の本となり、大変貴重なものになった。SOP確立に向けた動きであったと思う。

そうして皆のレベルが上がってきたが、N氏はその分析技術の信頼性の高さから、他部門への支援となると優先的に派遣された。直島の精錬所に出掛けたときのことである。勿論島へは船で渡るが、なんとチャーター船が準備され、島で案内されたホテルの夕食は驚くべき豪華さであった。N氏はそこで初めて洋式トイレと対面した。当時、分析員はそれほど優遇されていたようだ。出張の目的は精錬所の分析室に配備された原子吸光装置の導入支援であった。そこでヒ素の分析を行った際の出来事であるが、先方の分析員が行うとどうしても繰り返し精度が出せず、不審に思ってその手順を観察すると、サンプルを準備した容器の洗浄が不十分であることがわかった。前のサンプルが残留したまま容器を使い回したことが原因である。生野銀山においてX線回折装置が導入された際には勉強に出掛けた。また無機分析が日常的な業務であったN氏にとって、柳本のポーラログラフは早い時期から親しんだ機器であったが、同時に柳本への改善提案もずいぶん行い、先方も熱心に応えてくれた。

そんなN氏もやがて鉱山の閉山に伴い分析の仕事から離れてゆくが、その頃がまさに湿式分析から本格的な機器分析へ移行してゆく過渡期であったようだ。N氏の通った学校では、「化学は丸暗記だ」との先生の号令のもと生徒はみな横一列に並んで分子式を問われる授業であったが、覚えていないと棒で頭を叩かれた。「そんな授業も後になってみると分析にはずいぶん役に立ったが、何より自分は上司や先輩に恵まれた。おかげで分析の仕事で身に付けた様々なことが、分析を離れても大いに役に立った」と語っておられた。私が34年渡り歩いてきたFAの世界でもそうであるが、道具が進化してもそれを使う人が基礎的な知識を身に付けていないとやがてどこかで行き詰る。機器分析が主流となった分析の世界においても、検査分析士の精神である「守破離」を忘れてはならないと思う。

2.Nurture賞エッセイコンテスト優秀賞:中谷 佐和美氏

「機器分析と日常生活の意外な類似点」

私は、企業で派遣社員として機器分析に関わる仕事を経験している主婦です。機器分析というお仕事のことを、すごいと言う方もいらっしゃるのですが、実際の機器分析自体は、習得に一定期間を要するとはいっても、近年の分析機器のめざましい進化によって簡略化されていることがほとんどです。特に企業での派遣社員は、指揮監督者が別に存在し、どの分析はどの分析機器でという指示が監督者からされるので、その先の作業のみ要求されることが多いと思います。機器の種類にもよりますが、あまり深い予備知識は必ずしも必要とされない作業です。むしろその準備や後片付けが重要で、日常生活と類似した神経を払う作業かも知れません。

機器分析で多く行なわれるのは定量分析です。これは正確に重さや濃度を測定する作業のことです。この場合、作業に使う容器内を洗って、汚れのない状態にする必要があります。また液体サンプルの場合、水で濡れていてもいけないのです。薄まってしまうからです。例えば、容器をきれいに洗浄したり、共洗いと言って、測定に使う液体サンプルで容器をあらかじめ洗い流したりします。このときの発想は、主婦業をしているときのものと似ています。洗い物をするときには、「どのくらいすすげば洗剤が完全に落ちるだろう」などと考えます。二槽式の洗濯機ですすぎを行なっているときも同様です。機器分析で面白いのは、どのくらい丁寧にすすぎなどの作業に取り組んだかで、はっきりと分析結果が変わる点です(日常生活では曖昧に済まされたりしますが)。固体サンプルの場合、粉体などを薬さじに乗せてガラス容器等に移し取り、正確に重さを量る作業に出くわします。さながら紅茶茶碗にスプーンで砂糖を入れるときのようです。他のことに気を取られて砂糖を容器の外にこぼしたりすると、日常生活ではテーブルを拭き取るだけで済むのですが、分析の際には天秤(TGという熱重量分析機器も含めて)のお掃除が必要になったりして厄介です。危険性の高い物質であれば、なおさらこぼすわけにはいきません。依頼分析のときなどは、固体サンプルの量が限られていて失敗が許されない場合もあります。

分析サンプルによっては、空気中の湿度を嫌うものもあります。湿気てしまうと変質したり、データの意味がなくなってしまったりするのです。このような場合は、密封したまま分析を行います。日常でも、おせんべいが湿気ないように袋の蓋をしっかり閉めますけれど、似たようなことです。私は以前、XRDという粉末の結晶構造を測定する装置で密封が必要だったとき、ガラスの専用容器に粉末を乗せ、両面テープとサランラップですぐに表面を塞ぎました。また、固体NMRという機器で固体内部の結合状態などを観察するとき、密封が必要となりました。それで固体粉末を底の閉じたガラス管に詰め、固体部分(下)を液体窒素(-196℃!)で凍らせたまま、ガラス管の入り口(上)をバーナーで炙って閉じました。

回転させながら分析する機器もあります。いまお話に出た固体NMR装置です。固体サンプルを容器に詰めてセットすると、容器を回転させながら分析が始まります。このとき、固体サンプルを筒状のサンプル容器に均等に詰めるよう心がけなければなりません。乱雑に詰めてセットすると、回転とともに不協和音が聞こえてきて、回転数が上がりません。洗濯機の脱水時に洗濯物が偏っているときと同じです。この場合は、同様に一度回転を止め、偏った内容物をなるべく均等にしてやり直します。

以上のように、分析機器を扱う際に気をつけることは、日常生活で気を使うことと大きな違いはありません。問題になるのは、機器の操作に慣れてきて気が緩んだときに、間違った操作をして違う結果を出してしまったり、事故を起こしたりしてしまうことです。それで、気を張るべきときに集中力を高めるメリハリともいうようなことが大切になります。どういうときに気を張れば事故・災害を防げるか、というKY(危険予知)に関するイメージトレーニングは、元をたどれば子供の頃に遊んだ経験によって培われるのかも知れません。どれ程頭が良いか、ということよりも、どれ程こういった作業に興味を持っているか、そしてどれ程手先が器用かというようなことが重要になると思います。私は、日々会社に通い機器分析作業を行った後、自宅で夕食をつくります。家事労働というものも、科学(化学)の目で見ると面白いことが多くて、さほど垣根を感じません。いま、食の安全やエコロジーといった概念も浸透して、様々な害毒や無駄を省くにはどうしたらよいかいろんな提案がなされています。それらを数値化し、具現化するのも機器分析の結果であろうと思います。私は科学(化学)的なものの発想自体が自分の人生を豊かにしてくれると考えていて、その延長線上に仕事である機器分析があり、また家事労働もあると考えています。

 

3.Nurture賞エッセイコンテスト優秀賞:友田 浩一朗

「風景」

 静寂の廊下に朝の光がやわらかで、先週の慌しさを忘れた解析室の鍵を開けるとLEDが鮮やかで、ターボポンプの回転音が快適で、クライオの鼓動は今朝も元気だ。車のエンジンを始動させるように高圧電源を入れると、待っていたかと装置は力をみなぎらせ、知らぬうちに私をF1パイロットにしてしまっている。

最高のマシンims-3fと最高のメカニック北島に恵まれた私は、彼らの力を出し切らずにはいられない。週末にベークアウトでガス出しをしたチャンバーは超高真空を創り出し、クリーニングしたガンは自信を持ったイオンビームを出し続け、心地良いまでに素直に絞れてくれる。

今日は攻められる。高鳴る興奮を抑え、試料を装着しアクセルを踏み込むようにイオンビーム照射を開始する。マシンと路面コンディションを的確に捉え、ドライブするかのごとく3fとサンプルそして自分が一体となる。中和電子銃とエネルギースリットの調整で界面での不安定領域をクリアーし、ビーム電流量と照射エリア、コントラストアパーチャーそして二次系レンズの調整で感度を得ながらノイズを処理する。ディスプレイにプロットされ続ける検出強度を追いながら無心の時間が過ぎてゆく。ついにサンプルは心を開き真の姿を現す。これまで確認できずにいたピークがくっきりと姿を現した。晴れやかな感動が私を有頂天にさせる。イオンビーム照射時間とともに検出された元素の強度は順調に下がり、ノイズはギリギリまで抑えられた。来たぞ! チャンピオンデータだ!

 入社後間もなく二次イオン質量分析装置を担当し、メーカーエンジニアの北島さんと出会い、装置の中身や調整方法を懇切丁寧に教えていただいた。それは今でも色あせることなく心に鮮明に刻まれた近くて遠い日々、少年の心で熱く過ごした日々だ。手中にありながらも、なかなか見せてはくれない分析試料の本質。データのひとつひとつが作品であり、その時の自分のすべてであった。

失敗の積み重ねが成功への思いをさらに強くし、自分自身の不確かさと「装置」を教えてくれた。うまく行かない言い訳を並べてみても、その先に成功はない。素直に正直に自分と向い合い、その目でデータを見ると様々なことが見えてくる。試料の取り扱い、装置の調整・設定・コンディション......その時の自分を正確に知っていないと見えない情報がある。自分を隠すことなく、自分を素直に正直に理解する。それは次へのチャレンジにつながり、自信にもつながる。誠実に突き進み、自分に言い訳することなく素直になればよい、正直であればよい。

「分析」に出会って四半世紀となる。「分析って面白いですか? 何が面白いですか?」と聞かれると、「当然面白いよ! だって見えない物の真実がこの目で見えてくるから......」と理由を熱く答える。しかし本当はそんな理由などではなく、単に分析が「好き」なのだと思う。本当に好きなのだと思う。

 

 

 

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